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仙台高等裁判所 昭和57年(う)262号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 佐藤啓二

弁護人 柳沼八郎 外八名

検察官 峰逸馬 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(控訴の趣意と答弁)

本件控訴の趣意は、検察官酒井清夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人柳沼八郎、同高橋清一、同山中邦紀、同青木正芳、同菅原一郎、同高野範城、同江森民夫、同金井清吉及び同倉科直文連名作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

(当裁判所の判断)

所論は、要するに、原判決が、被告人に対し、本件公訴事実一の「あおりの企て」及び同二の1、2の「あおり」について、いずれも犯罪の証明がないとして、その成立を否定し、無罪の言渡しをしたのは、いずれも事実を誤認し、地方公務員法(以下「地公法」という。)六一条四号ないし憲法二八条、一八条に関する法令の解釈適用を誤つた、というのである。

以下、所論にかんがみ、本件公訴事実一、二につき、順次、原判決の事実認定・判断に事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがあるかどうかを検討する。

一  本件公訴事実一の「あおりの企て」の成否

地公法六一条四号は、同法三七条一項前段の規定に違反して違法な争議行為に参加する行為の処罰は不問に付し、その未遂及びこれに近接した予備の段階にある扇動行為者のあおり等の行為をとらえ、処罰の対象とする独立した危険犯処罰の罰則規定であることにかんがみれば、地公法六一条四号にいう「あおり」とは、同法三七条一項前段に定める違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又は、既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることをいい、「企て」とは、右のような違法行為の共謀、そそのかし、又は、あおり行為の遂行を計画準備することであつて、これらのあおり等の行為は、「将来における抽象的、不確定的な争議行為についてのそれではなく、具体的、現実的な争議行為に直接結びつき、このような争議行為の具体的危険性を生ぜしめるそれを指す」ものと解されるのであつて(最高裁判所昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・集二七巻四号五四七頁、最高裁判所昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・集三〇巻五号一一九〇頁参照、以下それぞれ「最高裁四・二五判決」、「最高裁五・二一判決」という。)、このようなあおり等の行為こそが一般的に法の禁止する争議行為の遂行を現実化する直接の働きをするものなのであり(最高裁五・二一判決、集三〇巻五号一一九〇頁参照)、また、これらの行為は、違法な「争議行為の原動力をなすもの、換言すれば、全体としての争議行為の中でもそれなくしては右の争議行為が成立しえないという意味においてその中核的地位を占めるものであり」(最高裁五・二一判決、集三〇巻五号一一八九頁参照)、上記のような意味で具体的、現実的な違法争議行為に直接結びつき、右争議行為の具体的危険性を生ぜしめる行為があおり等の構成要件に該当する行為である、と解するのが相当である。

そこで、以上のような地公法六一条四号の解釈を前提として本件をみるのに、所論は、検察官が原審において「あおりの企て」に該当すると主張した被告人の行為は、岩手県教職員組合(以下「岩教組」という。)第六回中央委員会において、〈1〉公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」という。)の統一闘争として、岩教組組合員である公立小・中学校教職員をして、四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること、〈2〉組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫慂活動を実施することなどを決定した行為であり、右の説得慫慂活動の具体的内容としては、(a)各種会議・集会の開催、(b)オルグの配置、(c)情宣局の設置を挙げ、右「あおりの企て」について、被告人を含む岩教組役員と日本教職員組合(以下「日教組」という。)本部役員との間、更に右役員らと岩教組中央委員との間に共謀が成立するものとしたのに対し、原判決は、〈1〉の違法な争議行為の実施を決定したこと、及び前記内容の共謀が成立した点については一応の証明があるとしながら、かかる違法な争議行為の実施を決定したことが「あおりの企て」に当たるかどうかについては何ら判示せず、また、〈2〉の説得慫慂活動を実施する旨の決定については、いずれも扇動の企画としては内容の具体性が乏しく、その具体的危険性も認められず、「あおりの企て」行為に該当しないとして、結局本件「あおりの企て」の成立を否定したのは、事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りである旨主張する。

そして、検察官は、当審の最終弁論において、右の点をふえんし、「あおりの企て」の具体的内容に関連して、日教組第四四回臨時大会の決定及び同第五回全国戦術会議の決定を、岩教組自身の議決機関である第六回中央委員会で確認し、本件ストライキを実施することを決定したことは、その確認・決定事項及び内容が一般組合員をしてストライキに参加させるべく当然一般組合員に伝達されることを前提とするものであるから、右の確認・決定自体が「あおりの企て」に当たることが明らかであるばかりでなく、最終段階におけるストライキ突入指令発出の計画準備行為にも当たり、その意味でも「あおりの企て」に該当する旨主張するので、まず右の「確認」の点について考察する。

検察官が原審において提出した昭和五〇年二月一四日付け釈明書及び原審第二回公判調書の記載によれば、本件起訴状記載の公訴事実一のうち、岩教組第六回中央委員会の席上、「日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し」との記載部分につき、原審検察官は、右釈明書をもつて、「決定を確認し」とあるのは事実経過を記載したものである旨釈明し、更に、原審第二回公判期日において、右の日教組第四四回臨時大会の決定及び同第五回全国戦術会議の決定に関して、「この部分が訴因の内容でないことは前述のとおりであり、事実経過としての記載である旨も釈明書により明らかにしているところで、あおりの企ての内容をなしているものではない」旨釈明していることが明白であり、その後原審を通じて右の釈明に明示的にも黙示的にも何ら変更を加えていないのであるから、原審検察官は、岩教組第六回中央委員会の席上、日教組第四四回臨時大会の決定及び第五回全国戦術会議の決定が確認されたこと、それ自体をもつて、本件訴因たる「あおりの企て」の内容をなすものであると主張しているわけではないというほかはない。そうすると、検察官が当審の最終弁論においてした前記の主張が、右の確認自体をも訴因の内容をなすものとする趣旨を含むとすれば、その限度においては、検察官が原審において前記のように積極的に釈明したところと抵触するものとして失当といわざるを得ず、右の確認の点は、検察官の原審における釈明に沿つて事実経過とするにとどめるほかはない。

更に、所論のうち、岩教組自身の議決機関たる第六回中央委員会において、「公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせる」旨の決定をしたとして、これが「あおりの企て」に該当すると主張する点についても、同様の疑問がないわけではない。すなわち、本件公訴事実一の中には、確かに「岩教組第六回中央委員会を開催し、その席上……公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、前記要求実現を目的として、同年四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること……を決定し」との記載があり、右の公訴事実の記載は、原審の審理を通じて維持されており、何らの変更も加えられていない。

しかしながら、岩教組第六回中央委員会において右の同盟罷業を行わせる旨決定したこと、それ自体がいかなる意味で地方公務員に対し同盟罷業の遂行をあおることを企てたことになるか、という点については必ずしも一義的に自明であるとはいえないのに、検察官は原審において右の点について何ら言及するところがない。この点について、検察官は、当裁判所に提出した控訴趣意書において、岩教組第六回中央委員会の場における確認・決定の内容たる「ストライキの実施」とは、当然のことながら被告人ほか岩教組本部役員が自らストライキを実施することを意味するものではなく、傘下の一般組合員をして、ストライキを実施させることを意味することは論を待たないところであり、その確認・決定事項及び内容は同委員会出席の各中央委員を通じてその出身各支部等の一般組合員に当然に伝達されることを前提としたものであるから、組合機関決定の組織上の拘束力を併せ考慮するなら、岩教組が、春闘共闘委員会(以下「春闘共闘」という。)、公務員共闘の統一闘争として、日教組指令により、全一日ストライキを含む二波のストライキに参加することを可決、決定したこと自体が一般組合員をしてストライキに参加させるための「あおりの企て」に当たることは明らかである旨主張し、更に、当審の最終弁論においては、右の主張に加えて、岩教組第六回中央委員会における右の確認、決定は、最終段階におけるストライキ突入指令発出の計画準備行為にも当たり、その意味でも「あおりの企て」に当たると主張するのであるが、これらの主張はいずれも、当審に至つて初めて現れたものであつて、原審においては何ら触れられていないのである。のみならず、本件公訴事実一の記載をみると、岩教組第六回中央委員会において、傘下の組合員をして本件同盟罷業を行わせる旨の決定をしたということが、検察官において「あおりの企て」の内容として主張する趣旨が容易に読み取れる、「組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫慂活動を実施することなどを決定し」たこと、並びに、検察官が事実経過として記載したものである旨釈明した「日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し」たことと並列して記載されており、そのことから、原審において、弁護人が「『あおることを企て』とは公訴事実のうちどれを指すのか、またその法律的意味如何」との求釈明をしたのに対し、検察官は何らの釈明もしていない。しかも、検察官が原審において提出した論告要旨によれば、検察官が公訴事実一の「あおりの企て」の点について主張するところは、「被告人佐藤の『あおりの企て』についてその事実関係を検討してみると、岩教組第六回中央委員会において、執行部提案の第一号議案『第四四回日教組臨時大会決定事項の確認に関する件』、第二号議案『当面の闘争推進に関する件』につき可決決定を得たが、そのうち、〈1〉七四春闘に際し、公務員共闘の統一闘争として前記三大要求実現を目標に掲げ、日教組の指令により、岩教組傘下の組合員である公立小・中学校の教職員が、昭和四九年四月中旬、第一波全一日、第二波早朝二時間の各ストライキを行うことを決定した点は、地公法三七条一項前段が禁止する同盟罷業を遂行することを決定したものであつて、右ストライキは将来における抽象的、不確定的なものではなく、あくまで具体的・現実的なものであることは、その決定の内容自体に照らして明らかであり、〈2〉右ストライキの実施を成功させるべく、春闘体制確立のための具体的取り組みとして会議・集会の開催、中闘の支部担当オルグの配置及び情宣局の設置を決定した点は、ストライキの実施を現実化させるための組合員に対する直接の働きかけを内容とし、スト実施に向けオルグ情宣活動を集中的に展開し、また、支部、分会の実態に応じて各種集会を開催し、討議資料を提供するなどして組合員の学習、討論を深め、スト突入体制を確立、整備しようとするものである。右のようなオルグ活動等の実施、すなわち、同盟罷業体制確立のための組合員に対する説得慫慂活動の実施は、いずれも違法な争議行為の遂行の『あおり』行為に該当するところ、右決定は、説得慫慂活動のための組織、時期、方法、担当者等の大綱を決定したものであるから、『あおり』の計画準備を行つたものというに十分である。そして、これらを岩教組中央委員会という大会に次ぐ議決機関により可決決定し、機関決定をしたこと自体から、右の計画準備行為は当然争議行為実施に向けての危険性を具体的、現実的に生じさせたと認め得る状態に達したものであることは明らかであり、現に前記のような経過をたどつて本件ストに至つているのである。よつて、右は『あおりの企て』に当たるものである。」というに尽きる。してみると、右の論告要旨によつてみる限り、原審検察官すら、右〈1〉の同盟罷業の遂行を決定したことをもつて、必ずしも右〈2〉の具体的な取り組みとして決定したこととは別に、これと独立して、「あおりの企て」の内容として観念していたわけではなく、むしろ右〈2〉の具体的な取り組みが、「将来における抽象的、不確定的なストライキ」に向けられたものではなく、あくまでも「具体的、現実的なストライキ」の実施を成功させるべく決定されたものであることを示すものとしての位置づけしかしていなかつたものとうかがえないわけではない。以上の諸点にかんがみると、岩教組第六回中央委員会において、傘下組合員をして、四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせることを決定したということ自体が、具体的な取り組みとしての各種会議・集会の開催等の決定と並んで、本件「あおりの企て」の訴因となつていたものとするのはかなり疑問であるといわざるを得ず、その意味では、原判決が、後記のように同盟罷業を行わせることの決定自体が「あおりの企て」に該当するかどうかの点について、明示的には何らの判断も示さなかつたのも首肯し得ないものではない。

のみならず、所論のように、岩教組の議決機関である第六回中央委員会において、実際に、傘下組合員をして本件同盟罷業を行わせる旨の決定がなされたかどうかについて審究するのに、原審で取り調べた関係各証拠を精査し、当審における事実の取調べの結果をも併せて検討しても、右の決定がなされたことを証明するに足りるものはないといわなければならない。

以下、右の点について、関係各証拠に徴して補足説明をする。

1  岩教組の七四春闘における闘争体制の確立、本件スト突入に至る経過の概要は、次のとおりである。

(一) 七四春闘に関係する七三年度運動方針は、岩教組においては昭和四八年五月二四日から開催された定期大会で、日教組においては同年七月一〇日から前橋市で開催された第四三回定期大会で決められ、右日教組第四三回定期大会で決定された事項の中には、七四春闘を日教組統一闘争として春闘共闘、公務員共闘との共闘による官民一体となつた国民春闘を展開し、春闘の重要段階では、全一日ストライキを目途とする強力なストライキを組織することが含まれていた。

(二) 日教組第八八回中央委員会(同年一〇月一七、一八日開催)では、七四春闘構想として四月中旬に第一波早朝二時間、第二波全一日のストライキを組織するとの構想が決定され、岩教組第四回中央委員会(同年一二月一九日開催)では、その第三回中央委員会までは、議案が七四春闘構想とあつたものが、七四春闘の体制確立となり、右体制確立のために、岩教組本部は、一月に労働講座、支部長・書記長合同会議、二月に中央委員会(日教組臨時大会)、支部執行委員集会の各開催、支部・分会の闘争委員会の設置、学習会の計画、各分会における賃金要求の討論学習と下部討議、分会要求の確認をすすめる等の施策が取り決められた。

(三) 岩教組第五回中央委員会(昭和四九年二月二三日開催)では、第一号議案「第四四回日教組臨時大会に関する件」及び第二号議案「七四春闘の体制確立に関する件」等の各議案を討議し、可決したのであるが、その内容は、第一号議案については、右臨時大会に臨むための方針として、七四春闘方針については、支部、分会の討議を経た右臨時大会議案に基本的に賛成し、岩教組の意見を反映させることとし、第二号議案については、岩教組は、日教組の機関決定、指令に基づき全一日のストライキをもつて組織の全力を挙げて闘うこととし、その体制確立のため、〈1〉分会、支部に闘争委員会を設置すること、〈2〉本部は、全分会長(闘争委員長)会議や支部闘争委員会議を招集し、統一的な体制づくりを図ること、〈3〉批准投票は、三月九日から一六日までの間に原則として支部単位の集会によつて実施すること、〈4〉分会闘争委員会は、批准投票と並行して組合員の決意状況の点検を行い、三月二五日までに支部闘争委員会が決意書の集約を完了すること、〈5〉各分会は、父母の理解と支持を得るため努力すること、〈6〉本部は、情宣局を特設して教宣活動を強化すること、〈7〉本部は、重要時期及び重点支部にオルグを配置し、支部間交流オルグなどの企画・実施を推進するなどして組織の強化を図ることなどをそれぞれ決定したものである。

(四) 日教組第四四回臨時大会(同年二月二五、二六日開催)では、日教組は、七四春闘において、公務員共闘の統一闘争として、その決戦段階のやま場である四月中旬に第一波早朝二時間、第二波全一日のストライキによる原則として郡市支部単位の要求貫徹集会を組織して政府回答を迫り、要求実現を図ること、戦術の具体的行使の手だてとして、春闘決戦段階の戦術については、右臨時大会の決定により、今次統一闘争に関する全組合員への指令権は日教組中央闘争委員長に委譲されたものとし、今次闘争のストライキは右中央闘争委員長の指令によつて全組合員が行動する、各県教組は、三月四日から一七日までの間に全組合員による批准投票を行い、各県ごとに集約して同月一八日までに日教組本部に報告し、同月一九日の全国戦術会議の確認を経て本部が指令権を発動する、右戦術会議では、各県ごとの戦術を確認する、この場合、各県教組のストライキ突入体制は、構成員の批准投票の結果、過半数の賛成をもつて確立したものとすることなどを決定した。

(五) 岩教組は、右臨時大会終了直後の同年二月二六、二七日開催の拡大闘争委員会で、右臨時大会の決定を確認し、更に、同年三月一日、岩教組中央執行委員長佐藤啓二名義で各支部長、分会長あてに、指示第三七号「七四春闘を中心とする当面の闘争について」(当庁昭和五七年押第一〇二号の符号一一〇ないし一一二)を発し、岩教組第五回中央委員会決定及び日教組第四四回臨時大会決定に基づく指示として、七四春闘におけるストライキ実施体制確立のため、各支部、分会に闘争委員会を設置すること、各支部は、三月九日から一六日までの期間に批准投票を完了させること、各支部は批准投票の集約を行い、同月一八日に本部へ報告すること、各支部は同月二五日までに全組合員の決意書集約を完了すること等を指示した。一方、日教組でも、右臨時大会の決定に基づき、日教組中央闘争委員長槇枝元文名義で、各都道府県教組委員長らに対し、昭和四九年二月二八日付け指示第一八号「七四春闘を中心とする当面の闘争推進に関する件」(当庁昭和五七年押第一〇二号の符号一〇九)を発し、右臨時大会の決定内容を伝えるとともに、各県教組が三月を闘争体制確立月間として設定し、各級機関がオルグ教宣活動を集中的に展開し、全組合員の強固な意志統一に基づく闘争体制の確立を図ることなどを指示した。

(六) 岩教組では、各支部において、昭和四九年二月から三月にかけ、支部学習会や分会学習会を重ねるなかで、同月九日から一六日にかけて批准投票を行い、その結果を集約して同月一八日に日教組に報告した。岩教組の全一日ストに関する批准投票の結果は賛成六二・二パーセントであり、ここに至つて、岩教組が本件ストライキに参加することが確定的となつた。

(七) 各都道府県教組における批准投票実施後の同年三月一九日に開催された日教組第第五回全国戦術会議において、同月一六日の春闘共闘の決定を受けて、日教組は公務員共闘の統一闘争として、戦術行使の日時を第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間と予定し、最終的には三月二七日の春闘共闘戦術会議における決定を待つて指示することを決定し、更に右ストライキに参加する者は、各県教組での批准投票の結果賛成が五〇パーセントを上回つた東京、北海道、岩手など二五県教組傘下の組合員とすることを確認し、その席上、槇枝日教組中央闘争委員長が「右確認に基づき指令権を発動する」旨宣言した。

(八) 岩教組は、同年三月二一日、第六回中央委員会を開催し、その席上、被告人が委員長あいさつに代えて、ストライキの日取りが四月一一日全一日、同月一三日早朝二時間の予定であることを含めて日教組第五回全国戦術会議の決定事項を報告し、次いで、岩教組中央執行委員会の提案にかかる第一号議案「第四四回日教組臨時大会決定事項の確認に関する件」及び第二号議案「当面の闘争推進に関する件」が討議に付され、原案どおり可決決定されたが、その議案の内容は、第一号議案については、既に岩教組第五回中央委員会において実質的討議を終え、議案に基本的に賛成の態度が決定されていた日教組第四四回臨時大会の決定事項を確認する趣旨のものにとどまり、また、第二号議案は、七四春闘は日教組指令によつて闘うこと、その体制確立の手だてとして、基本的な事項は「別紙」とし(その「別紙」が何を指すか必ずしも明らかではないが、第五回中央委員会における第二号議案である「二、七四春闘の体制確立に関する件」と題する冊子がそのまま第六回中央委員会の議案書中に流用添付されており、これを指すものかとうかがわれる。)、具体的な取り組みとして、支部長・書記長会議を三月二七日に開催して、ストライキ及び体制確立の大要決定を行うほか、ストライキ宣言集会(公務員共闘)を同月三一日に(三五〇〇人動員)、支部執行委員集会を四月三日に、全分会闘争委員長集会を同月七日に(最終点検を行う。)、中央動員を三月二五ないし二七日に、県春闘共闘スト宣言集会を四月四日にそれぞれ開催することとし、体制強化のため、本部は、中央闘争委員会(以下「中闘」という。)の支部担当オルグを配置するとともに、情宣局を設置するというものであるが、それらの取り組みの内容は、既に第五回中央委員会において実質的討議を経て可決、決定されたその第二号議案「七四春闘の体制確立に関する件」のそれとほぼ同旨であり、特に各種会議・集会の開催の点については、既に、岩教組中央執行委員長佐藤啓二名義で各支部長あてに昭和四九年三月一一日付け「七四春闘体制にかかおる集会々議指示」(当庁昭和五七年押第一〇二号の符号四五五)を発し、新旧支部長・書記長会議、新支部執行委員集会、全分会闘争委員長(分会長)集会、スト宣言集会の開催及びその日時、場所、出席者、議題等を通知している。

なお、岩教組第六回中央委員会で提案され、可決、決定された右第一号議案及び第二号議案それ自体の中には、所論が主張し、また、原判決が説示する「岩教組は、春闘共闘、公務員共闘の統一闘争として、日教組指令により第一波四月一一日全一日、第二波四月一三日早朝二時間カツトのストライキに参加する。」旨の明示的な記載があるわけではない。

(九) 槇枝中央執行委員長ら日教組本部役員は、昭和四九年三月二九日(ストライキ決行日の最終決定日は前記のとおり三月二七日とされていたが、これが同月二九日に変更された。)、春闘共闘の最高指導委員会、戦術委員会及び公務員共闘の決定した方針に基づき、日教組本部内において、全一日ストライキを四月一一日に実施すること、及びその旨を指令することを決定し、直ちに同本部から岩教組本部その他の県教組にあてて「春闘共闘戦術会議の決定をうけ、公務員共闘は四月一一日第一波全一日スト、四月一三日第二波ストを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。」との電報(以下「三・二九電報」という。)を打ち、三月二九日付け教育新聞にもストライキ日程確定の旨を掲載し、組合員に配布した。

岩教組は、三月二二日開催の支部長・書記長会議等の会合で、前記ストライキの日程を各支部・分会に連絡し、ストライキに向けての諸準備にとりかかつていた。

三月二九日に右の「三・二九電報」の指令を受けた岩教組本部では、翌三〇日、阿部書記長が手配し、各支部(盛岡、岩手の各支部を除く。)の支部長にあてて「春闘共闘・公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は、四月一一日全一日、四月一三日二時間と正式決定した、本部」との電報(以下「三・三〇電報」という。)等で連絡し、これを受けた各支部は、同日から同年四月八日ころまでの間に各分会等を経て各組合員にその趣旨を伝達した。

(一〇) 日教組本部役員は、昭和四九年四月九日、それまでの交渉経過からストライキ不可避の情勢判断のもとに各県教組あてに「各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ。」との趣旨の連絡をし、岩教組に対しても、右趣旨を電話(以下「四・九電話」という。)により連絡した。岩教組では、同日右電話を受けた阿部書記長の手配により、各支部(盛岡、岩手の各支部を除く。)の支部長にあてて「日教組からの電話指令、春闘共闘・公務員共闘の交渉は誠意ある回答なし、各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ、日教組、なお現在中央交渉中であり内容は電報で知らせる」との電報(以下「四・九電報」という。)を打ち、各支部では同月九、一〇日にかけて電報、電話あるいは分会会議等を通じ組合員多数にその趣旨を伝達した。

その後、中央交渉は妥結に至らず、中止指令は発出されることなく、予定どおり本件ストライキが実施された。

2  以上認定したとおり、七四春闘における同盟罷業の実施は、日教組中央闘争委員長において、各県教組組合員への指令権の委譲を受けて、批准投票の結果を確認してスト指令を発し、その後交渉が妥結すれば中止指令を発出するという仕組みであり、各県教組のストライキ実施体制は、批准投票で組合員の過半数の賛成が得られれば基本的に確立したものとし、指令権を発動する方式が採られ、スト突入日の外部的確定は留保されていたが、三月一九日に日教組中央闘争委員長の指令権が発動されたのであるから、右段階においてスト突入へ向けての基本的闘争体制は確立したものというべく、指令権発動後の同月二一日に開催された岩教組第六回中央委員会において、先の批准投票の結果を覆すことになるかもしれないような「傘下組合員をして同盟罷業を行わせること」の可否を更に提案し、討議・決定するということが本件闘争方式のもとでは必要不可欠な手続であるとは認められず、現に第六回中央委員会の議事経過、その内容に照らしても、七四春闘における闘争体制確立のための基本的な事項及び具体的な取り組みについても、第五回中央委員会において実質的な討議・採決がなされ、第六回中央委員会においては、ほぼ同一のものが確認、採決されたに過ぎない。結局、闘争体制の基本が既に確立し終えていた第六回中央委員会において、先に第五回中央委員会において表明された岩教組自身の本件スト参加の態度決定が問い直され、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることの可否が再度提案され、討議・可決されたものとは認め難い。

なお、七四春闘の戦術は、岩教組第五回中央委員会ないし日教組第四四回臨時大会の段階までは、第一波早朝二時間、第二波全一日のストライキを予定するものであつたのが、岩教組第六回中央委員会の段階では、第一波全一日、第二波早朝二時間とすることに変更されているが、右の程度の戦術の変更は、日教組のレベルにおいては、その議決機関ではない第五回全国戦術会議でなされていることなどに照らすと、岩教組のレベルにおいても、必ずしもその議決機関で決定することが必要不可欠であつたとは断じ難い。

そこで進んで、所論指摘の第六回中央委員会における(a)各種会議・集会の開催、(b)中闘の支部担当オルグの配置、(c)情宣局設置の各決定が、本件スト突入体制確立のための説得慫慂活動を実施する決定として、「あおりの企て」にあたるか否かについて順次検討する。

まず所論(a)の各種会議・集会の開催の決定について検討すると、第六回中央委員会議案書によれば、第二号議案「当面の闘争推進に関する件」の中で、既述のように、七四春闘における具体的な取り組みとして、支部長・書記長会議、ストライキ宣言集会(公務員共闘)、支部執行委員集会、全分会闘争委員長集会、中央動員及び県春闘共闘スト宣言集会の各開催及びその日程等が掲記されていることが明らかである。

しかしながら、右の諸会議・集会は、岩教組第五回中央委員会議案書によれば、その第二号議案「七四春闘の体制確立に関する件」の中で七四春闘体制確立日程としてその開催が決定されており、しかも、既に前記の昭和四九年三月一一日付け「七四春闘体制にかかわる集会々議指示」をもつて、日時、場所、出席者、議題あるいは参加人員数等を定めて開催通知済みのものであることは、先に認定したとおりであり、また、岩教組第六回中央委員会においては、第五回中央委員会あるいは前記「七四春闘にかかわる集会々議指示」とは趣を異にし、被告人あるいはその共犯者とされる日教組本部役員及び岩教組本部役員らが、それらの各種会議・集会の席上、本件ストライキの実施に向けていかなる説得慫慂活動を行うかについての具体的な内容を取り決めたという形跡も認められない。

次に所論(b)の中闘の支部担当オルグの配置の決定について考えてみるのに、関係各証拠によれば、岩教組の中央執行委員は担当支部の問題について相談役的な立場にも立つ者であるが、第五回中央委員会議案書によれば、既に、その第二号議案の中で、組織の強化として、本部は重要時期及び重点支部に常駐オルグを配置する旨明記されており、第六回中央委員会議案書によれば、その第二号議案の中で、体制強化のため、本部は中闘の支部担当オルグを配置する旨掲記されてはいるが、右の点について同委員会において格別の討議がなされた形跡はうかがわれず、同委員会において右オルグの配置に関し、直接組合員に向けたあおりの具体的方針を決めたとか、これを積極的に行うことを予定したことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、押収にかかる「4・11全一日、4・13二時間ストライキ成功のため青年部員の決意書集約情況とオルグ活動について」と題する書面(当庁昭和五七年押第一〇二号の符号一三八)及び当審証人村上正道の供述その他関係各証拠によれば、岩教組青年部が、七四春闘に際し、各支部青年部長に対し、青年部員の未決意者に対するオルグ活動の徹底を指示する昭和四九年四月二日付けの右書面を発出したことが認められるが、これは青年部組織の自発性に基づく青年部員に対する説得慫慂活動であるともうかがわれ、必ずしもこれと本件中闘の支部担当オルグの配置とを同一視することはできない。

更に、所論(c)の情宣局の設置の決定について考えてみるのに、関係各証拠によれば、岩教組が、情宣部のほかに情宣局を設置することについては、既に、第一回中央委員会(昭和四八年七月二日開催)で、七四春闘に向けて、一二月に岩手、盛岡、紫波三支部を中心に二〇名の組合員の構成で情宣局を発足させることが決められ、第五回中央委員会議案書によれば、その第二号議案の「教宣活動の強化」の項で、「本部は情宣局を特設して教宣活動を強化します。」との記載のもとに、盛岡・岩手・紫波支部を中心に約三〇人による構成、五・〇の日に定期・号外版の機関紙・PR紙発行、分会・家庭父母を対象に「やさしいことばで深い思想」をモツトーに、という構想が明記され、その旨採決されており、第六回中央委員会議案書によれば、その第二号議案の中で、体制強化のため本部は次の配置を行うとして、「情宣局の設置」と掲記されているにとどまり、第五回中央委員会までの既決事項、確認事項が確認ないし再確認されたことがうかがわれるにすぎない。

以上のとおり、岩教組第六回中央委員会における所論(a)(b)(c)の各取り組みの決定は、実質的にみれば、既に第五回中央委員会において決定あるいは確認した事項の確認ないし再確認にすぎず、当面の闘争についての体制強化は、年度末の総括として例年行われる第六回中央委員会の開催を待つまでもなく、第五回中央委員会の決定及び日教組第四四回臨時大会の決定に基づき、岩教組中央執行委員長佐藤啓二名義の指示第三七号等により進められていたことも明らかである。したがつて、岩教組の七四春闘における闘争体制は、第五回中央委員会におけるスト参加の意志決定、日教組第四四回臨時大会における指令権の委譲、批准成立、日教組第五回全国戦術会議での指令権発動によりその基本が確立し、その後公務員共闘の決定を待つてスト決行の最終的日時が確定し、その指令伝達によりスト突入の経過をたどつたものというべく、第六回中央委員会を開催し、あるいはその席上で所論(a)(b)(c)の各取り組みの決定をすることが、岩教組のスト突入体制確立のために組織上、規約上不可欠の要請であつたとはにわかに認め難い。

なお、この点を補説すると、関係各証拠によれば、昭和四八年の一二・四闘争の例でも、日教組第八八回中央委員会(同年一〇月一七、一八日開催)で指令権の委譲が行われ、批准投票を経て第三回全国戦術会議(同年一一月一三日開催)で指令権の発動がなされて、闘争体制の基本が確立され、指令権発動からスト決行予定日の一二月四日までの間に岩教組で中央委員会が開かれた形跡はなく、指令権発動後には岩教組自体が改めてスト参加の機関決定をしていないことが明らかなのである。また、関係各証拠によれば、岩教組第六回中央委員会は、例年春休みに入る前に、年度内の岩教組の運動を総括し、教員人事、予算関係を主たる議事内容とするものであつて、七四春闘関係についていえば、四月一一日全一日、同月一三日早朝二時間のストライキ配置については、冒頭の細越瑛雄中央執行副委員長の開会宣言の中で言及され、更に、同委員長である被告人のあいさつの中で、あいさつに代わる日教組第五回全国戦術会議の決定の報告の内容として述べられたものであり、日教組第四四回臨時大会の決定事項については、昭和四九年二月二六、二七日の拡大闘争委員会で確認済みのものであつて、春闘関係議案は、先に説示のとおり第五回中央委員会において討議がなされ、第六回中央委員会では格別のさしたる議論もなく確認され、春闘関係で特に同委員会で決定されたのは、臨時闘争費の負担割合と徴収方法に関する事項であつたことが認められる。これらの点をも併せ考えると、岩教組第六回中央委員会で前記(a)(b)(c)の各取り組みが決定されることが、組織上、規約上本件スト決行に不可欠なものであつたとはいえず、既に岩教組第五回中央委員会等で同様の決定がなされ、あるいはその後同様の指示がなされていたのに、これらを不問に付して、第六回中央委員会で右の決定がなされたことこそが、そして、それだけが、本件争議行為の過程全体の中で、いわば中核的な地位を占め、本件スト決行に直接に働きかけ、その原動力をなすような役割を果たすものと評価することが可能なほどの強い、あるいは重要な影響力を有するものであつたということはできない。

そして、第六回中央委員会で、本件争議行為実施体制の確立のための具体的な取り組みとしてであるとはいえ、前記のように(a)各種会議・集会の開催ないしその日程、(b)中闘の支部担当オルグの配置、(c)情宣局の設置を決定したという程度では、いまだ企図の対象となる扇動自体が必ずしも明確ではなく、あるいは具体性に乏しいといわざるを得ないことは、原判決が指摘するとおりである。

以上の諸点にかんがみれば、本件事実関係のもとにおいては、岩教組第六回中央委員会で前記(a)(b)(c)の各取り組みを決定したことは、その内容、経緯態様、影響力等の諸般の事情に徴し、本件争議行為に直接結びつき、その具体的危険性を生ぜしめる行為であるとは到底認め難い。それゆえ、右決定は、いまだ地公法六一条四号にいう「あおりの企て」の構成要件に該当する行為には当たらないものというべきである。

以上の次第で、所論が本件争議行為につき「あおりの企て」に該当すると主張する行為のうち、岩教組第六回中央委員会で、日教組第四四回臨時大会及び同第五回全国戦術会議の各決定を確認したとの点は、原審において本件の「あおりの企て」の訴因の内容となつていたものとは認め難く、また、岩教組第六回中央委員会で、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせることを決定したとの点についても、同様の疑問があるのみならず、現実にかかる決定があつたとまでは認め難く、更に、同委員会で本件同盟罷業の実施体制確立のため、各種会議・集会の開催、中闘の支部担当オルグの配置及び情宣局の設置を中核とする説得慫慂活動を実施することを決定したとの点については、かかる各種会議・集会の開催等の取り組みを決定した事実は認められるものの、これが本件争議行為に直接結びつき、その具体的危険性を生ぜしめる行為であるとはいまだ認め難いから、所論の指摘するその余の諸点について判断するまでもなく、本件「あおりの企て」の訴因については、犯罪の証明がないことに帰するものというほかはなく、これと同旨の原判決の結論は正当として是認することができる。

なお、先に認定説示したところから明らかなように、原判決が、岩教組第六回中央委員会において、春闘共闘、公務員共闘の統一闘争として、日教組指令により、第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時同カツトのストライキに参加することを決定した旨認定したのは事実誤認であるというほかはないが、本件「あおりの企て」の訴因について犯罪の証明がないとした原判決の結論は正当として是認することができるから、右の誤りは判決に影響を及ぼさない。

また、所論は、岩教組第六回中央委員会で、日教組第四四回臨時大会及び同第五回全国戦術会議の各決定を確認し、傘下組合員をして本件同盟罷業を行わせることの決定をしたこと自体が「あおりの企て」に該当するかどうかの点について、原判決は判断を遺漏し、「あおりの企て」を否定するという事実誤認をした旨論難するが、原審における審理経過、特に検察官の釈明、冒頭陳述及び論告にかんがみると、所論にいう日教組臨時大会及び全国戦術会議の各決定の確認の点が「あおりの企て」の訴因となつていたとは認め難く、また、傘下組合員をして本件同盟罷業を行わせることを決定したという点についても、これが本件「あおりの企て」の訴因となつていたものとするのはかなり疑問であることは既に説示したとおりであるから、原判決がこれらの点について明示的に判断を示さなかつたのも首肯することができるうえに、原判決が、検察官において各種会議・集会の開催、中闘の支部担当オルグの配置及び情宣局の設置を中核とする説得慫慂活動の実施を決定したと主張する点についてすら、その企図の対象となる扇動自体が不明であるか具体性に乏しく、争議の実行を扇動するための予備行為としての具体的危険性が何ら立証されていないとして、「あおりの企て」に該当することを否定していることからすると、原判決は、右の取り組みの決定より一層抽象的ともいえる同盟罷業を行わせる旨の決定それ自体が「あおりの企て」に該当しないことについては、詳述するまでもなく明らかであるとの判断をしているものともうかがえないわけではなく、いずれにしても、先に説示したとおり、岩教組第六回中央委員会において、現実に改めて傘下組合員をして本件同盟罷業を行わせる旨の討議、決定がなされたとは認め難く、したがつて、かかる決定が「あおりの企て」に当たるかどうかを論ずる余地はないのであるから、原判決に右の諸点について判断の遺漏ないし事実誤認があるという非難は相当でなく、所論は採用できない。

また、所論は、原判決が地公法六一条四号のあおり等の解釈について、最高裁四・二五判決、同五・二一判決により確立された法解釈に反する不当な限定解釈をし、本件「あおりの企て」の成立を否定したのは法令の解釈適用を誤つた、というのである。

しかしながら、地公法六一条四号の罰則規定における「あおりの企て」の構成要件の解釈については、最高裁四・二五判決、同五・二一判決の趣旨にかんがみ、上記説示のように解するのを相当とし、右の限度において原判決の判断は首肯し得るところである。

所論は、原判決があおり等の行為の成立要件たる具体的危険性の内容について説示するところを論難するので検討するのに、原判決が、(一)「『あおりの企て』の成立には、さし迫つた具体的な危険の発生が要件となる。」とか、(二)「現実にその実行を誘発する危険があると認められる真剣さないし迫力を有するものであることを要し」と説示していることは所論指摘のとおりである。しかし、原判決は、他方において、(三)「あおり行為が成立するためには、対象となる争議行為が具体化、現実化しているだけでは足りず、当該あおり行為自体が右争議を現実化させるような具体的な危険をもたらすことを要するものと解すべきことになろう。」と、最高裁四・二五判決、同五・二一判決があおり等の行為が成立する要件として示した判断基準に沿つたものと理解し得る説示もしており、また、右の(二)の説示は、「地公法六一条四号にいう『あおり』『あおりの企て』等は、それ自体で客観的に見て、同法の禁止する争議行為の実行に対し、現実に影響を及ぼすおそれがあるもの」との、右(三)の説示とほぼ同旨とも解される説示に続いて、これをふえんする形で述べたものであつて、これらの点をも考慮すると、原判決の右(一)、(二)の各説示にあらわれた原判決の見解が、右各最高裁判決にいう「具体的危険性」をより限定的に解釈する趣旨であるか否かは必ずしも明らかではないが、右のように限定的に解釈する趣旨であるとすればたやすく左袒し難い。

また、所論は、最高裁四・二五判決、同五・二一判決があおり等の原動力性、中核的地位等について論じているのは、争議行為の単純参加行為と異なる悪性の高い扇動行為の処罰理由としてであつて、地公法六一条四号の構成要件の制約要素としてではなく、あおり等の行為はすべて原動力性を有するから、原判決が本来原動力を有する行為につき再度原動力論によるしぼりをかけようとするのは誤りである旨主張する。

そこで考えてみるのに、最高裁四・二五判決、同五・二一判決があおり等の行為の原動力性、中核的地位等について論じているのは、争議行為参加者の処罰は不問に付しながら、あおり等の行為を特に処罰するという地公法六一条四号の罰則規定の合憲性、合理性、処罰の必要性ないし相当性の説示においてであることは所論の指摘するとおりであるが、当該行為が右罰則規定のあおり等の構成要件に該当するかどうかを認定判断するに当たつて、右立法の趣旨ないし処罰の理由を考慮し合理的な法令の解釈適用、認定判断をすることを妨げるものではなく、当該行為があおり等の行為の成立要件たる「具体的、現実的な違法争議行為に直接結びつき、このような争議行為の具体的危険性を生ぜしめるそれ」であるか否かを認定判断するに当たつても、右の立法の趣旨ないし処罰の理由をも踏まえて、当該行為の内容、経緯態様、影響力等の諸般の事情を考慮すべきであり、当該行為が、判例のいう上述の「あおり」「企て」の字義に示された要件に当たり、右の具体的危険性の要件をみたすとき、右行為は、地公法六一条四号の罰則規定にいうあおり等の構成要件に該当するものと解するのが相当であるといわなければならない。したがつて、原判決が、右具体的危険性とは別個に、原動力性をもつて構成要件を限定する独立した要件として解するのであれば、右見解は失当であるというのほかはなく、当裁判所が上記説示のように解する限度において相当としてこれを是認し得る。

また、判例の換骨奪胎をいう所論は、その趣旨が必ずしも明らかではないが、要するに、原判決は、最高裁四・二五判決及び同五・二一判決に従うとしながら、実質的には独自の見解のもとに確立された判例の解釈に違背するものであるとして、これを論難するものと解される。

しかしながら、原判決は、地公法六一条四号の罰則規定が憲法二八条、一八条に照らし合憲であることを前提として、最高裁四・二五判決及び同五・二一判決の趣旨にかんがみ、原裁判所としてのあおり等の行為に関する解釈を示したものと解されるのであつて、もとより違法争議行為の態様によつて違法性の有無を論じ、いわゆる争議行為の通常随伴行為についてその可罰性を否定し、右両判決が抵触するものとして変更した従前の判例である違法争議についての「違法性二元論」や通常随伴行為の不処罰論、いわゆる「二重のしぼり論」による限定解釈に依拠するものではないと解される。また、原判決は、指令伝達の行為主体の点について、「上部から指令を受けた中間機関が、これを下部に伝達するにあたり、上部又は下部役員と共同謀議(単なる伝達関与ではない。)をし、又は中間機関を構成する役員間において相互に協議し、その協議決定等に基づいて指令を伝達したような場合には、その共謀ないし協議を根拠として、かかる中間伝達関与者も扇動行為者としての刑責を免れないであろう。」と説示しているのであつて、中間伝達関与者であつても、その罪責を免れない場合を肯認するものと解すべきであり、当時日教組中央執行委員長の指令の中間伝達機関である岩教組本部の中央執行委員長の地位にあつた被告人においても、その行為が地公法六一条四号の罰則規定の構成要件に該当し、かつ、「共謀ないし謀議」が認められる限り、その罪責を免れるものではないことは、その判文に徴し、原判決もこれを否定する趣旨ではないと解される。

なお、地公法六一条四号の合憲性についての法解釈との関連において付言すると、右法条が憲法二八条、一八条に違反しないこと、及びその論拠については、当裁判所は、現時点において確立した判例と解される最高裁四・二五判決、同五・二一判決の法廷意見の説示するところを変更すべき特段の事情を見いだし難く、これに従うのを相当と解するところ、結局、原判決は、最高裁四・二五判決、同五・二一判決が「地方公務員法六一条四号は憲法一八条、二八条に違反しない。」とし、「地方公務員法六一条四号は、地方公務員の争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して、前者のみが右法条にいう争議行為にあたるものとし、また、右争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる等の行為のうちいわゆる争議行為に通常随伴する行為を刑事制裁の対象から除外する趣旨と解すべきではない。」とする法廷意見に従うものであつて、これに抵触するものとは解されない。

したがつて、所論は、原判決が四・二五判決、五・二一判決を曲解し、判例の趣旨を換骨奪胎したものである旨種々論難するけれども、結局採用し得ない。

以上の次第で、当裁判所は、地公法六一条四号の罰則規定にいう「あおりの企て」については前記説示のとおり解すべきところ、本件訴因構成のもとで「あおりの企て」として主張される行為は、いまだ右構成要件に該当する行為であるとは認め難く、犯罪の証明がないというべきであつて、当裁判所の認定判断として説示する限度において、原判決の説示するところもこれを是認することができ、原判決が法令の解釈適用について説示する点には、当裁判所の見解と必ずしも同一であるとはいい難い点がないわけではないが、原判決は、結局本件「あおりの企て」の訴因構成のもとにおいて、「あおりの企て」の行為に関する事実証明が十分ではなく、犯罪の証明がないと認定判断しているのであつて、結論において当裁判所の認定判断と同一に帰し、正当であるというべきである。

そうだとすると、検察官は、原判決の法令の解釈適用の誤りについて種々論難するけれども、これに対し、更に逐一判断を加えるまでもなく、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りはないというべきである。

したがつて、本件公訴事実一についての事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りをいう各論旨はいずれも理由なきに帰するものといわなければならない。

二  本件公訴事実二の1、2の「あおり」の成否

地公法六一条四号にいう「あおり」の構成要件についての当裁判所の見解は、上記説示のとおりである。

そして、岩教組本部においては、昭和四九年三月二九日、日教組本部が発した岩教組あての「春闘共闘戦術会議の決定をうけ、公務員共闘は四月一一日第一波全一日スト、四月一三日第二波ストを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。」との「三・二九電報」を受けて、翌三〇日岩教組各支部(盛岡、岩手の各支部を除く。)の支部長にあてて、「春闘共闘・公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は四月一一日全一日、四月一三日二時間と正式決定した、本部」との「三・三〇電報」を発し、これを受けた各支部では、同日から同年四月八日ころまでの間に各分会等を経て各組合員にその趣旨を伝達したこと、更に、岩教組本部においては、同年四月九日日教組本部が発した「各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ。」との趣旨の「四・九電話」を受けて、同日岩教組各支部(盛岡、岩手の各支部を除く。)の支部長にあてて、「日教組からの電話指令、春闘共闘・公務員共闘の交渉は誠意ある回答なし、各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ、日教組、なお現在中央交渉中であり内容は電報で知らせる」との「四・九電報」を発し、各支部では同月九、一〇日にかけて電報、電話あるいは分会会議等を通じ組合員多数にその趣旨を伝達したこと、以上の事実は先に認定説示したとおりである。

そこでまず、日教組が「三・二九電報」を発出し、これを受けた岩教組本部が支部、分会を通じて右電報の趣旨を「三・三〇電報」によつて組合員に伝達した行為(本件公訴事実二の1)、及び日教組が「四・九電話」を発出し、これを受けた岩教組本部が下部組織を通じて右電話の趣旨を「四・九電報」によつて組合員に伝達した行為(本件公訴事実二の2)がそれぞれ地公法六一条四号にいう「あおり」の構成要件を充足するか否かを検討するのに、それらの各電報、電話の前記のような内容のほか、原判決がその理由中の第五の二の2、3、4の各項(六一ないし六七頁)において説示するそれらの発出・伝達の経緯、時機、下部組織の受け止め方等を総合すると、右「三・二九電報」には前記の電文に続けて「なお、各大学教組にも連されたし」と付記されていることなど弁護人指摘の諸点をも併せ考えても、右「三・二九電報」及びその趣旨を伝達した「三・三〇電報」は、単なるスト配置の日時決定の連絡にとどまるものではなく、一般組合員に対しその明示された確定日時におけるスト参加を強く要請する趣旨を含み、一般にスト指令と呼ばれる性質のものと解するのが相当であり、また、右「四・九電話」及びその趣旨を伝達した「四・九電報」は、指令と称することができるかどうかはともかく、中央における交渉状況を中心とした単なる情勢の連絡にすぎないとはいえず、その発出伝達の時点では中央交渉において当局の誠意ある回答がない以上ストは予定どおり実施される状況にある旨、ただし、交渉は継続中であることを下部組織に改めて確認させ、ストの決行を強く要請するものであつたとみるべきであり、いずれも、これを受けた一般組合員をしてストライキを行うことの勢いを一段と高めるものと評価するに十分である。

そして、関係各証拠によれば、岩教組が日教組に指令権を委譲した後においても、岩教組が単位組合たる主体性、独自性を有することはいうまでもなく、日教組が岩教組に対し、スト突入等の指令を発しても、岩教組がこれを受けて、右指令を組合員に伝達しない限り、ストライキを実施することは事実上困難であつたことがうかがわれる。それゆえ、右電報、電話の発出伝達行為は、組合員に対し、本件スト参加を積極的に慫慂する組織的拘束力ないし影響力を有することは十分に肯認し得るところといわなければならない。したがつて、右発出伝達行為は、いずれも本件スト実施に直接結びつき、地公法三七条一項前段に違反する本件ストを現実化する不可欠の働きをするものとして、原動力性を有するものと評価することが可能なほどの強い、あるいは重要な影響力を有するものであつて、本件違法争議行為の具体的危険性を生ぜしめる行為であるといわざるを得ない。

したがつて、本件公訴事実二の1、2の各行為は、地公法六一条四号所定の「あおり」の構成要件に該当するものというべきである。

そこで、更に、右各行為について、被告人の故意、共謀が認められるか否かを検討する。

検察官は、原審において、右「三・三〇電報」の発出による「三・二九電報」の趣旨の伝達、及び右「四・九電報」の発出による「四・九電話」の趣旨の伝達について共同謀議を主張し、前者については三月二九日ころ「三・二九電報」を受けた時点で、後者については四月九日ころ「四・九電話」を受けた時点で、いずれも岩教組本部で、役員が日教組指令を受けてこれを傘下組合員に伝達することを会議において決定し、被告人はこれに関与し、かつ実行行為者である、と主張する。そして、本件審理が終始右のような訴因構成のもとで進められ、主張、立証がなされて来たことは記録上明らかなところである。

しかしながら、本件全証拠を精査検討しても、岩教組本部の被告人を含む役員が、原審検察官主張の日時、場所において、その主張のような会議を開催し、右各電報、電話の発出伝達を協議、決定した形跡はなく、また、被告人が、右各電報、電話の発出伝達について自らこれを指示し、又は他の役員を介して岩教組本部から発出伝達させたような事実を認定することはできない。かえつて、右指令等の伝達事務は、その当時、書記長であつた阿部忠において、単独で、被告人とは格別の協議をすることもなく、その事務を処理したことがうかがわれ、これを左右するに足りる証拠はない。この点について、所論は、「三・二九電報」に基づく「三・三〇電報」の発出、及び「四・九電話」に基づく「四・九電報」の発出は、事がらの重要性等にかんがみ、組合書記長がその権限上、専決できる書記局の通常業務とは到底いい得ないものであり、日教組の「三・二九電報」が岩教組に到達してから岩教組が「三・三〇電報」を発信するまでの時間的経過、日教組の「四・九電話」が岩教組において受理されたのち、岩教組が「四・九電報」を発信するまでの時間的経過、これらの電報、電話の発着信当日の通常勤務時間帯において被告人が岩教組本部に出勤、在留した状況、右の各発信に使用された電話機の所在等の情況的事実に徴しても、「三・三〇電報」ないし「四・九電報」の各発出に当たつては、その各時点で、被告人の指示ないし了解のもとに阿部書記長が前記伝達の手続をとつたものと認定するのが事理に則し、より合理的な推認というべきであり、本件の実態に合致するものであると主張する。しかしながら、所論にいう右の各電報等の発出伝達についての書記長の権限の点については、その発出伝達の重要性はともかく、所論指摘の岩教組の組織形態及び本件ストの全過程等に徴すると、右の各電報等の発出伝達が、書記局の責任者である阿部書記長において、逐一委員長である被告人の指示ないし了解を得ることなく、書記長限りの判断でその事務処理をすることがおよそあり得ないとは必ずしもいえず、そのほか、所論が情況的事実として指摘する前記の諸点をもつて、阿部書記長らの証言を排斥し、所論のように右の各電報等の発出伝達がその時点における被告人の指示ないし了解のもとになされたものと断定するには、なお合理的な疑いが残るものというべきである。してみれば、被告人は、右各電報、電話の発出伝達について、実行行為者であつたとは認め難く、その実行行為者である阿部書記長と被告人との間で原審検察官の主張のような共謀があつたことも認め難い。

所論はまた、右の各時点において日教組本部役員と被告人ら岩教組本部役員双方、相互の本部役員らの間に順次共謀が成立した旨種々主張するけれども、非実行共同正犯における謀議ないし通謀の有無について、単に組織の最高責任者であつたことや、本件ストに至る経緯などから、本件訴因の範囲を逸脱して、これを認めることは許されないものというべきである。

なお、本件事案の性質、原審における検察官の釈明をもつて明らかにされたその積極的な主張の内容を含む公判審理の経過、本件証拠関係等に照らせば、共謀の時期、内容、方法等に関する本件訴因の変更につき、原裁判所が釈明権を行使しなかつた点にもとより訴訟手続の法令違反があるとはいえない。

したがつて、本件訴因構成のもとにおいて、本件公訴事実二の1、2の指令等の発出伝達について、被告人の共謀責任を否定した原判決の認定、判断は正当として是認するに足りるものというべきである。

それゆえ、爾余の点を判断するまでもなく、本件公訴事実二の1、2についての事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りをいう各論旨はいずれも理由がない。

三  結論

そうだとすると、被告人に対し、本件公訴事実一については、「あおりの企て」の行為に関する事実証明が不十分であり、同二の1、2については、被告人の「あおり」の共謀に関する事実証明が不十分であるとした原判決の認定判断は首肯することができ、結局、被告人に対し、本件各公訴事実については犯罪の証明がないものとして無罪の言渡しをした原判決は、結論において正当としてこれを維持すべきものと判断される。したがつて、本件においては、所論指摘のその余の検察官の主張について逐一判断を加えるまでもなく、本件控訴は理由がないものといわなければならない。

(むすび)

以上の次第で、本件控訴は刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき同法一八一条三項本文に従い、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 小林隆夫 裁判官 小野貞夫)

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